このところ寒い日が続いている。今日も雨まじりの寒い一日だった。
今日のエントリーも土門拳。えっ?もう土門拳なんてどうでも良い?そんな事を言わない、言わない。この人はすごい人ですよ。現在、寝ても覚めても土門拳状態ですよ。(笑)

さて、今日から始まった「土門拳の昭和」。日本橋三越でやっている写真展。昼休みに行ってきた。通勤途中で写真部の仲間のマッキーと意気投合し、二人で見に行く事にした。

今日のエントリーも土門拳。えっ?もう土門拳なんてどうでも良い?そんな事を言わない、言わない。この人はすごい人ですよ。現在、寝ても覚めても土門拳状態ですよ。(笑)
さて、今日から始まった「土門拳の昭和」。日本橋三越でやっている写真展。昼休みに行ってきた。通勤途中で写真部の仲間のマッキーと意気投合し、二人で見に行く事にした。
会場では、やはりご年配の方が多く、さすがに昭和の写真という事でノスタルジックな雰囲気で鑑賞している感じ。勿論、オレらは昭和の写真を見に来たわけではなくて土門の写真を見に来たわけだからね。展示されていた写真の数も多くて、ものすごい迫力。
いやぁ、とにかく圧倒された。今までも、それほど多くはないけれど写真展には足を運んでいるが、今回程圧倒されたのは初めてだ。また、土門拳記念館で写真を見たけれど、その写真とは違う写真が沢山あり、ものすごく満足だ。
今回、大きな写真をひとつひとつ見ていて、わかった事があった。
それは、土門拳の写真がどうしてあれだけの雰囲気が出ているのかって事。まぁ、この事は「風貌」とか「古寺巡礼」に関してなのだけれどね。つまり、フリーになってからのライフワークって事。
結論から言うと、ライティングが絶妙なのですよ。昔に聞いた話では、仏像を撮る時に自然光で撮っていると聞いた事があって、全てそうなんだと思っていた。(一部は自然光で撮影していたらしいが、勘なので三割程度しか成功しなかったらしい。)
けれど、写真を見ているとどう考えても自然光ではこのように撮る事は出来ないはず。このライティングの妙というか、光のあてかたが鬼の所以だろうと思った。
大判カメラで(ちなみに土門拳愛用として置いてあったカメラがジナーだった。)絞るだけ絞り、フラッシュをあてる。一カ所ではなく複数箇所からあてる。その度にシャッターを切る。つまり、これは独特なライティングであって、今のフラットなあて方ではこのようには写らないって事なんだよね。オレもやってみよう。(笑)とにかく真似をしてもああいう風には撮れないと思うな。
この事は、仏像等の細部の浮き上がり方での話だけれど、「風貌」にしても同じようにライティングが絶妙なわけだ。こちらはライティングと言うよりも光と陰のバランスが良い。
また、スナップに関してもすばらしい。確かに初めの頃のスナップはあまりピンと来ないものが多かったけれど、どんどん良くなっていっている。
会場では15分程のビデオ映像が流されていたのだけれど、子供たちを撮る土門拳がとても素早く、何枚も何枚もシャッターを切っている。
確かにぶれていたり、ピントが合っていない写真もあるけれど、良い写真ってのはぶれようがピンぼけだろうが関係ないという事。まぁ、これはどうかな?って思うけれどね。土門の言う「鬼が手伝った」という写真の事なんだろう。
スナップ写真というのは、被写体に気が付いた時にはすでにシャッターを切っているべきだと。それは同じように思う。やっぱりサッと構えてバチッと撮って、次の瞬間には何事もなかったように。これは僕も同じように撮っている。声かけてとか、被写体を探していたら、スパッと撮る事なんて出来やしないし、面白い写真なんか撮れない。
前にも書いたように、現代はスナップ写真が撮りにくい状況でもある。一部の変な奴らのおかげで、とても警戒されてしまう。
当時のスナップは貴重な資料として残っていくけれど、これから先この状況が続いた場合、同じように残す価値のあるスナップ写真は無くなってしまうのかもしれない。これで良いんだろうかね?
全てを見終わる頃には、すっかり二人ともやられてしまった。
また一人、土門の魅力に魅せられた仲間を増やしたぞ。(笑)
いやぁ、ちょっと熱くなりすぎているなぁ。。。あはは、良いんだよ。オレの日記なんだからね。(笑)

いやぁ、とにかく圧倒された。今までも、それほど多くはないけれど写真展には足を運んでいるが、今回程圧倒されたのは初めてだ。また、土門拳記念館で写真を見たけれど、その写真とは違う写真が沢山あり、ものすごく満足だ。
今回、大きな写真をひとつひとつ見ていて、わかった事があった。
それは、土門拳の写真がどうしてあれだけの雰囲気が出ているのかって事。まぁ、この事は「風貌」とか「古寺巡礼」に関してなのだけれどね。つまり、フリーになってからのライフワークって事。
結論から言うと、ライティングが絶妙なのですよ。昔に聞いた話では、仏像を撮る時に自然光で撮っていると聞いた事があって、全てそうなんだと思っていた。(一部は自然光で撮影していたらしいが、勘なので三割程度しか成功しなかったらしい。)
けれど、写真を見ているとどう考えても自然光ではこのように撮る事は出来ないはず。このライティングの妙というか、光のあてかたが鬼の所以だろうと思った。
大判カメラで(ちなみに土門拳愛用として置いてあったカメラがジナーだった。)絞るだけ絞り、フラッシュをあてる。一カ所ではなく複数箇所からあてる。その度にシャッターを切る。つまり、これは独特なライティングであって、今のフラットなあて方ではこのようには写らないって事なんだよね。オレもやってみよう。(笑)とにかく真似をしてもああいう風には撮れないと思うな。
この事は、仏像等の細部の浮き上がり方での話だけれど、「風貌」にしても同じようにライティングが絶妙なわけだ。こちらはライティングと言うよりも光と陰のバランスが良い。
また、スナップに関してもすばらしい。確かに初めの頃のスナップはあまりピンと来ないものが多かったけれど、どんどん良くなっていっている。
会場では15分程のビデオ映像が流されていたのだけれど、子供たちを撮る土門拳がとても素早く、何枚も何枚もシャッターを切っている。
確かにぶれていたり、ピントが合っていない写真もあるけれど、良い写真ってのはぶれようがピンぼけだろうが関係ないという事。まぁ、これはどうかな?って思うけれどね。土門の言う「鬼が手伝った」という写真の事なんだろう。
スナップ写真というのは、被写体に気が付いた時にはすでにシャッターを切っているべきだと。それは同じように思う。やっぱりサッと構えてバチッと撮って、次の瞬間には何事もなかったように。これは僕も同じように撮っている。声かけてとか、被写体を探していたら、スパッと撮る事なんて出来やしないし、面白い写真なんか撮れない。
前にも書いたように、現代はスナップ写真が撮りにくい状況でもある。一部の変な奴らのおかげで、とても警戒されてしまう。
当時のスナップは貴重な資料として残っていくけれど、これから先この状況が続いた場合、同じように残す価値のあるスナップ写真は無くなってしまうのかもしれない。これで良いんだろうかね?
全てを見終わる頃には、すっかり二人ともやられてしまった。
また一人、土門の魅力に魅せられた仲間を増やしたぞ。(笑)
いやぁ、ちょっと熱くなりすぎているなぁ。。。あはは、良いんだよ。オレの日記なんだからね。(笑)
あぁ、満足だ。おやすみ。


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